夢は飲食店開業!寄り道まみれな日々。その一部始終。

どうしてねぇこんなに苦しいの




 5月5日(火)です。


 観ました。
クレヨンしんちゃん ガチンコ!逆襲のロボとーちゃん。


 この映画、
哲学的に見ると恐いなーと思いながら観たので、
その話でもしたいと思うです。

 クライマックスまでは語らんけども、
微ネタバレしますので、苦手な方はゴメンナサイ。



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 まず、とーちゃんがロボットになってしまったというのは、
ギックリ腰を治すためにメンズエステに行ったのがきっかけなのです。

 「腰痛にも抜群に効くマッサージですよ〜」と誘われ、
治療が終わってみると、身体をロボットにされてしまう、と。


 ただ、画像を見てもわかるように、
とーちゃんは、本物とロボットで、
二人のとーちゃんが居てしまっているのです。

 これ、物語中盤で発覚するのですが、
ロボとーちゃんというのは実は、
本物とーちゃんの記憶を、ロボットの身体にコピーしたものなのです。


 だもんで、生身のとーちゃんは、
ロボとーちゃん向かって「なんだオマエ偽物ー!」と、
指差して怒鳴り散らすわけですが、

 ロボとーちゃんの方も、
「オマエこそ偽物だろーが!!」と、
お互いを、偽物呼ばわり。

 映画を観ている我々は、
どちらが本物でどちらが偽物かは一目瞭然ですがね。


 でもまぁ、
かく言うロボとーちゃんも、
早稲田大学を卒業した脳みそをコピーされているわけですから、

 自分の方が偽物かもしれないことは、
心のどこかではわかっておられるのですよ。

 これが、哲学的な恐怖であるわけですが。


 ロボとーちゃんの立場に立てば、
本物とーちゃんの記憶をコピーされているわけだから、

 それまでの家族との思い出やら、
現在の家族との生活から感じる幸せやら、
心は、ぜんぶ本物であるわけですよ。


 もし、今、
自分の目の前に「俺が本物のホシノだー!」
と名乗り出る瓜二つの存在が現れ、

 そいつが自分よりも、
仕事ができて、よく笑って、
よく愛されるような存在だとしたら、


 「もしかして私は、
こいつの劣化版コピーなのか・・」
と、思わざるを得ないけれど、

 でもこの心は本物なのにな、
というジレンマに悩まされるんだと思うです。


 そんな恐怖であります。

 その恐怖に対して、野原しんのすけ
いったい我々にどんな答えを提供してくれるのか。。


 そこまで語ってしまうと、
映画のすべてを話してしまう気がするので、

 ・・まぁ、
続きは映画を観て楽しんでみてください。




 そんなかんじで。