夢は飲食店開業!寄り道まみれな日々。その一部始終。

僕たちの

 

 夢。2022年3月6日(日)を目標に、飲食店開業!

 

 今回も《利益》というものについて、考えたことを書いてみようかと思います。

 


 少し前まで、ボクは「『自分が』利益を得る」ということに無頓着でした。「人々が喜ぶものを人々が喜ぶ値段で提供できてれば、自分のオカネなんてなんとかなるでしょ」くらいの考えでした。むしろ、「人から余計にオカネを徴収するのは申し訳ない」くらいに思っていました。自分の利益は二の次、というかんじです。利益を貰うことが怖い、というかんじです。

 

 その反面、社長さんがよくこんなことを言います。「自分だけが犠牲になるやり方は嫌だ!人々にも自分にも同じだけ利益がなきゃ嫌だ!」、デス。

 

 これは、以前の僕の考え方と逆(?)のことを言っていますけど、最近は、たぶんこれも社長さんの言う通りなんだろうなぁという考え方に変わってきました。「自分の幸せを犠牲にすると、まわりの幸せも壊すことになるんだろうなぁ」とか、「自分の幸せが満たされて初めて、溢れた幸せをまわりにもおすそ分けできるんだろうなぁ」とか、そんなかんじです。

 

 

 コレって、どんなことにも通じることだと思うんですよね。自分の仕事に余裕ができて、仲間の仕事を手助けできるようになるし。自分の生活に余裕ができて、誰かにメシをおごれるようになるし‥‥。お店の幸せもそう、お店の利益もそう、デス。

 

 自分の機嫌も取れないような奴が、他人の機嫌を取ることはできない。自分の身も守れないような奴が、他人の身を守ることはできない。自分の利益も確保できないような奴が、他人を幸せにすることはできない。

 

 ‥‥自分が死んじゃったら、それまでなんです。だから、自分の幸せを犠牲にしてはいけないし、利益は「儲けよう」という気持ちで思い通りに生み出せるようにならなければいけないもので、そしてそれは受け取らなければならないものなんですよね。

 

 

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 かつては、『自分の利益を二の次にする心』が美しいと思っていましたが、これは間違いでした。ホントに美しいのは『自分が得た利益をまわりにもおすそ分けできる心』です。これに関連して、『自分の利益を優先させる心』は汚いものだと思っていましたが、ホントに汚いのは『自分が得た利益を独り占めする心』です。

 

 

 他人を幸せにするために、《利益》は生み出さなければいけません受け取らなければいけません。