夢は飲食店開業!寄り道まみれな日々。その一部始終。

空の太陽が落ちる

 
 
 
 
 
 
 こんばんは。ホシノです。
 
 村上春樹のことをちょっと調べてみたら、どうやらエッセイも書いていて本になっているらしい。「なんでもあり感でエッセイを書きました」ということなので、ちょっと気になって買ってみたんだけど、読んでビックリした。
 
 
■ 引用 -村上春樹,2003,「村上ラヂオ」,新潮文庫,10-1
 
 このあいだクローゼットの服を整理していたら、スーツを5着も所有していることが判明した。ネクタイも20本くらいあった。でも記憶をたどってみると、過去3年の間にスーツ着たことなんてたった一度しかないし、ネクタイだって年に数回しめるかどうか。なのにどうしてこんなにスーツをもっているんだろうなと、自分でも首をひねってしまった。いちおうこれでも大人の社会人だから、何かのときのために季節ごとのスーツを用意しておくことは常識なんだろうけど、それだって「ふん、オレはスーツなんか着ないよ」と開き直ってしまえば、職業柄それで通用しないこともない。
 どうしてだろう、と考えているうちにはっと思い出したんだけど(すっかり忘れていた)、40歳になったときに「そうだ、もう若くないのだし、そろそろまっとうな格好をして、まっとうな大人の生活をしよう」と決心したんだよね。だからスーツを作り、革靴も買い込んだ。

 
 
 
 こんなこと言うと怒られるかもしれんけど、エッセイの春樹さんは語調が自分とそっくりな気がするのです。
そっくり、というのは「自分に村上春樹的な素質がある」みたいな、そんなおこがましいことを言いたいのではなくて。なんか、自分が「読みやすくしよう」とするために工夫している、話口調やら漢字のリズムやら。あとは言葉のテンションとか句読点を打つタイミングとか、そんなところに同じニオイ感じ取ってしまったのです。勝手に。
 
 高校のときブログを始めて、あれこれ書くのが楽しくて。独自に個性のようなものを発酵させていたつもりだったけども、こんなの二番煎じだと自分で感じてしまって。
自分流にレンガを積み立てて建物を作っていたと思ったら、「それって村上春樹も似たようなことしてるよ。マネごとだね」という真実を突きつけられて。「えっ、自分の個性だと思ってたのに。どうしよう。ここまで建てちゃったけど」って、呆然としてしまったところです。
 
 怖くなって、2ページだけ読んで本を閉じてしまいました。
そんなタイミングでこれを記事にした感じ。明日になったら気持ちが落ち着くと思うので、また読み進めてみようと思うです。
 
 まぁ。エッセイみたいなものを書こうとすれば誰しもが似たような〈やわらかたい文体〉になるはずだし、ただの勘違いカナ。
かなり恥ずかしいことを述べてきたけど。黒歴史として、一応書き残しておきます。春樹さんが小説で発揮するシャレオな比喩は、僕にはできません。
 
 ごめんなさい。