夢は飲食店開業!寄り道まみれな日々。その一部始終。

愛の証明は二人の航海と何かが似ているかもね





 4月23日(木)です。

 この日は、特にとりとめのない日を過ごしていたらしく、
日記を読み返してみても、仕事のことしか書いていなーん。


 日記の最後一行には、
「遊ぶ余裕を確保せよ」との言葉が遺されている。

 仕事ばかりに意識を傾けていると、
遊ぶことやら趣味活動に体力を注ぐ余裕が消えてしまう。

 仕事はほどほどにして遊びなさいー
という、自らへの注意喚起らしい。恋愛しかり。


 仕事に没頭すると、
自分のことばかりに精一杯になってしまう。

 それが、ダメ。




 ・・ところで、遥か前の記事で、
〈恋愛〉とは、なんなんですかね。みたいな話があって、

 遊んでいたいなら〈友人〉で済むし、
肉体関係が大切なら〈セフレ〉で済むし、


 〈恋愛〉とは、
いったい〈なに〉が人と人を結びつけているのかが謎で。

 「こんど東大生と話してみます」という結びで、
話題を中断してしまったです。よね。


 前置き長すぎィ!ですが、
本日はその話のつづきでも記そうと思うです。

 けっこう「なんだそりゃ」な話ではありますが、
自分の見解が発展したような気がしたので、
「おもしろいねー」くらいで適当に流していただければ、と。




 東大生いわく、
恋愛とは〈不自由なもの〉であるらしい。

 恋愛において、
人と人を結びつけているものは何なのか。
それは結局〈わからない〉というのが、恋愛である、と。


 好き!な人がいるとするとき、
「その人のどこが好き?」という質問に、
もし答えることができてしまったら、

 その条件にあてはまるような代わりの存在を
ポン!と前に出されたら、その人を好きになれるのか。

 あるいは、
好きな人の「ココが好き!」を
取り除いてしまったときに、その人のことを嫌えるのか。


 もし、心が離れてしまうようなことがあるのなら、
それは「キミが好き!」なのではなく、別の何かが好きなのではないか、と。

 だから、ホントの「好き!」には、
他の人ではダメで、その人でなければいけない〈なにか〉が、
長い付き合いを通して、育まれていくものであるらしい。

 最初のきっかけは、なんであれ。


 その〈なにか〉とは、言葉では語り得ないものである、と。


 そんなこんなで、
恋愛というものは、「なんで好きになったのか」はわからない。

 「気づいたらもう何年も一緒にいた」という頃になって、
「この人でなければダメなんだなぁー」と、後になってから、好きっぽいこと気付いていく。

 「なんであの人に惚れたのか、もう覚えないわ笑」
という、熟年夫婦のような状態が、もっとも〈愛〉らしきものである、と。


 言葉では語り得ない、
どこが好きなのかがわからない、
なんで好きになったのかもわからない。

 その、スッキリさせられないムシャクシャを全部ひっくるめて、
恋愛とは〈不自由なもの〉であると、言うしかないみたいなのです。


 そんなかんじです。